アスリートに寄り添う仲間との結晶

「アスリートのこころを支えたい」と考えるようになったのはいつ頃からだろうか？　学生時代，筆者ももれなくスポーツに勤しむ一人だった．「スポーツ選手になりたい」と少年にありがちな夢を見ていた．スポーツドクターを意識し始めたのはもともとスポーツを見るのが楽しみで好きであったからであろう．その時は「いつかスポーツ選手を支えたいな」程度にぼんやりとした考えで，主題目標ではなかった．精神科医として診療に従事する中でも自分が興味を持った領域に縁があると感じていたので，流れるがまま，その道に進んだという自身の振り返りである．

『心・技・体』と言われて久しいのに「どうしてスポーツドクターで『心』を支える医師はいないのだろう？」と医学部生時代から疑問には思っていた（実際は先人の先生がいらっしゃり，筆者の情報不足で存じ上げなかっただけなのだが）．そんな自分に，スポーツ精神科医として取り組むことになる契機となった事例と報道がある．精神科救急対応をしていた際に受診した選手の事例だ．国内～国際的な競技レベルでありながら大きな悩み・課題を抱えていた．「やっと話せる場ができた」と安堵された表情が今でも目に焼き付いている．もう一つは2010 年代前半にある部活動主将をしていた高校生が自死した報道である．強豪校であるとか関係なく，学校という狭い社会の中での悩み，とりわけ競技の悩みで人生に幕を閉じる選択をした学生がいたこと自体に衝撃を覚えた．

「これは本当の専門家になる必要がある」と一念発起して慶應義塾大学病院でアスリートメンタルサポート外来を開始させていただく機会を得た．

ニーズがあっても受診行動まで至らないアスリートもいたかもしれないが，スポーツ医学総合センター内で外来診療することで随分と敷居が低くなったと感じてもらえるアスリートが多くいた．診療にあたって松本秀男先生，三村將先生に多大なるご尽力をいただいたことは幸甚の至りである．

時代の変遷と共に教育や文化背景も多様に広がり変化を見せる中で，アスリートは競技者としても人間としても育まれることになる．それに合わせて，アスリートのこころに関する問題も刻一刻と変化していくと予想される．引退後の人生のほうが長いこともありアスリートも社会の中の一人として見るべきという視点もあるだろう．一方で，アスリートが抱える特有のストレス課題や社会問題が存在していることも事実である．それ故にアスリートのこころの寄り添い方の正解も一つではないかもしれない．

本書は多くのアスリートに寄り添いサポートしてきたプロフェッショナル達の英智の結晶から成っている．執筆いただいた筆者の仲間と同志達はアスリートが健やかに競技に取り組めるように日々研鑽し，連携協力しながらアスリートをサポートしている．まさに「支えたいから支えている」専門家達によるニーズに合わせた実践に富んだ内容が言語化されている．

本書を通じて，アスリートのこころの支え方のヒントを多くの読者に得てもらえることができればこの上ない喜びである．

執筆にあたり遅筆な筆者を寛大にサポートいただいた新興医学出版社の林様，石垣様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます．

パリオリンピックを迎えた2024 年の早春，東京にて
編著者　山口　達也